星 の て が み

「 旅 の し た く 」

北村 千里

 

2011年。ちょうど地震から半年過ぎたころ
親友がお空へと旅立っていきました。
癌が見つかって9ヶ月。
37歳の彼女は、料理で誰かを喜ばせることを夢見て
町田のすみっこに小さな小さな料理工房を作ったばかりでした。

全粒粉をいっぱいに使ったざくざくしたキッシュの生地に
スパイスや季節の野菜をいっぱいに使って彼女の世界を一口から噛み締めるような
そんなキッシュを焼いていました。

料理は、今まで五感で感じたいろいろなものやことたちを詰め込んで作る異国?
でもどこの国のものにもあてはまらない、
『彼女の国』の料理でした。

彼女と出逢ったのは、こちらも町田のすみっこ小さな小さなパン工房。
わたしがこのパン屋をはじめてまだ間もない頃に
ひょこっと迷い猫のようにやってきました。
酵母から育てて作るパンを食べて涙が出たと言っていました。
作るもので食べてもらうもので人を幸せにできたらいいなという同じ思い。
彼女と出逢って、パンと月日を重ねていくうちに
始めたばかりのころよりもその思いはずっと強くなりました。
長い長い旅に出る日思い半ばでいってしまった彼女の棺には
いっぱいの野菜といっぱいのパンと
いつもしていたエプロンとバンダナをつめて見送りました。

納骨の日空にはお魚の骨のような雲小さな虹が出ていました。
もう料理しちゃったんだ。
そちらでもたくさん料理してみんなを喜ばせてあげてね。
虹に座ってこちらを眺めているようでした。
彼女はとても長い、料理の旅に出てしまったようで逢えないのはちょっとさみしく
でも、きっと今も同じ思いで料理を作り続けていると信じています。

わたしもしっかりいいパンを作らねば、と自分に言い聞かせながら
遠くを見るといつもちくちゃーんと呼ぶ声が聞こえてきそうです。

わたしのパンを作る修行の旅はまだまだ続きそうです。
彼女と同じ思いをいつも胸にして。
  
column58

プロフィール

1972年神奈川県生まれ 
武蔵野美術大学短期大学部工芸デザイン陶磁コース卒業 
自主映画の制作などを経てパンの道に進む 
2000年東京都町田市にCICOUTE/BAKERY(工房)を 
2002年に店舗を併設しオープン

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