星 の て が み

子どもの本屋さん
田中 健一[たなか けんいち

 
 
「子どもの本屋さんになります」そう言って卒業してから、もう十数年になりました。
今ではあの頃の念願どおりに、児童書の出版社で、子どもたちに本を送り出す毎日を過ごしています。

編集部にきてはじめに心に決めたことは「読者の子どもたちを裏切らないこと」。
そのためにまずコルベ神父の写真を机の上に飾りました。
多くの修道士に囲まれて、自転車を持ってすっくと立つコルベ神父の写真。
伝記を読むと、意外に体が弱かったそうで、高熱を出しながらも気力を奮って、
雑誌を毎号作り続けたとか。ボクも体力にはそんなに自信がないけれど、
でも体が屈強でなくても気力が体力を引っ張ってくれるはず、あの人をみならって、
自分の使命に忠実に雑誌を作り続けよう、と思ったのです。

ボクは本来なまけもので、使命感とか責任感とかはむしろ苦手な方なのですが、
でも子どもが相手の仕事だとそうもいっていられません。子どもは本に書いてあることを全部信じてしまいます。
子どもを裏切らないということは、そうした信頼を裏切らないこと、きちんとしたものを送り出していくことです。
そのためには油断して、なまけないこと。コルベ神父の眼光に照らされながら、
自分のなまけ心を叱咤しようと思っていました。
実際、コルベ神父ばかりでなく、その周囲に写っている修道士さんたちの晴れやかな顔を見ても、
うつむきかげんの自分自身を振り返って反省し、学ぶべきところがたくさんあるのでした。

「アウシュビッツの餓死室を教会に変えた」コルベ神父。
志が自分の弱さをカバーするはず。だから大丈夫。自分は社会の中で自分の持ち場を
せいいっぱい守っていこう、そう思ってきました。編集長は何人も交代したけれど、心の中ではずっと、
コルベ神父こそが、自分にとっての本当の編集長なのでした。

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子どもの本をつくることは未来の人間のために、心の糧を送り出すことだと思っています。
どんなことにぶつかっても、いつか読んだ本を思い出して、自信を取り戻したり、希望をもったり、
ユーモアを思い出したり、子どものときに読む本だからこそ、その人を一生明るく照らしてくれる力があると思うのです。

ところが一方では、本をつくる当の現場が変質し、若い同僚をいかに伸ばすか、同僚の失敗をいかにカバーし、
互いにいかに認め合うか、そんな意志も方法も、徐々にただよってくる競争的雰囲気にかき消されてきたように思います。

「絵本の出版が出来るのは、世界でも一部の豊かで安定した先進国だけ」という現実の前で、子どもの本の出版は
この先どこまで可能なんだろうか、わたしたちのいる社会は、子どもの本が作れるくらいにほんとうに、
豊かで安定しているのだろうか。 そんなことまで心配になってきました。

もし近い将来、今度はコルベ神父の写真ではなく、ボンヘッファー牧師の写真を飾るのが必要な時代になったら。
そのときには自分に何が出来るのだろうか。ナチの暴走を止めようとして、 逆に処刑されたボンヘッファー牧師を、
いったいそのときに、 じぶんはどこまで見習えるだろうか、とさいきん思うようになりました。
  
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プロフィール

1967年東京生まれ。 

青山学院大学卒業後、児童書専門の出版社に勤務。 
在職のまま東洋英和女学院大学大学院修了(キリシタン史)   
立教大学大学院在学中(組織神学)。

短編アニメーションを見るのがこよなく大好き。
 昨年、アンゴラ共和国の人々と交流する会 
「日本アンゴラ友好協会」を設立したところ。 
同会事務局担当。

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