星 の て が み

「人と自然 」

   村上 隆太[むらかみ  りゅうた]

 
 
昨年12月に役職を退いて、今年4月からの新年度の始まりまで幸いにも自由な時間が与えられた。
これまで出来なかった釣りだとか庭の手入れに精を出していると、自然に接する機会が増えた。
久し振りに波止にたって釣り糸を垂れるが、どうも以前のように魚が釣れない。
腕が鈍ったかと友人を見ると、 わたしと同様で不漁の様子。通りがかった漁師さんが、
「釣れないでしょう」とおっしゃる。

からかっているかと思いきや「今年はどうも魚が取れん」と嘆いておられる。
エルニーニョ現象の影響か、暖冬とその後の寒さで海藻が育っていない、
そのために魚が寄らないらしい。「生活ができん」と厳しい顔だった。

3月末になってようやく春らしくなってきて、冬の間に畑を耕し、肥料を入れ、種を撒いていた野菜類が
芽を出してきた。人間が起こしている環境悪化にも関わらず太陽の光だけは、
季節どおりに強さを増しているお陰だ。いつの間にか増えた水仙が庭中に広がっている。
チューリップもスノーポールも、あやめやすずらん、水仙も咲き始めた。
もちろんありとあらゆる雑草もぐんぐん伸びる。

野菜畑ではグリーン・アスパラやさやえんどうが取れ始めた。これからが楽しみだ。
暖気に誘われて散歩にでると、林の陰ではつわぶきが芽を出していて、
ついあちらこちらと手を伸ばしてしまう。散歩が山菜採取になってしまった。

そういえば、今年はつくしが駄目だった。出たと思ったら寒さで伸びず、
そのうちにすぎなになってしまった。やはりおかしい。自宅の近くの水路では
梅雨時にほたるの乱舞が見られるのだが、順調に育っているか 心配だ。

志摩町に住んで27年、福岡市の勤め先にはちょっと時間がかかるが、郊外の
自然の中で 住むことには代えられない。
大都会のビルの間で働き、駅から近い住宅街に住んでいる人たちには、この楽しみは
伝わらないだろうと思う。東京から越してきた友人の家族は、魚の名前も調理法も
ご存じない。スーパーのガラス・ケースに入っているマグロか鮭か鯛しか
ご存じないようだし、取れたてのごぼうの香りも賞味する機会がないだろうと推察する。

昔は、自宅で飼っていた鶏をつぶしてお客をもてなしたし、庭の枇杷の木に登って
甘い果実を頬張ったものだ。農家だったら自前のお米も新米のうちに食べられた。
そんな贅沢は不経済な世の中になった。大量に安い穀類を輸入し、国内では
ほとんど生産しなくなった日本の自然は、野も畑も、川も海も荒廃している。
いつまで私たちは日本の春を楽しめるのだろう。
いつまで取れたての魚や野菜を食べられるのだろう。
こどもたちに何とか豊かな日本の自然、豊かな世界の自然を残したいものだ。

  
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プロフィール

1938年福岡県に生まれる。

西南学院大学卒業。
東京で宣教師の通訳・秘書を約2年勤める。
九州大学大学院文学研究科・英文学修士課程修了。
西南学院大学にて助教授、教授として勤務。
1998年より西南学院大学学長を経て、

現在、同大学文学部教授。      
専門分野:中世英語方言・社会言語学

※背景は、村上邸の庭(村上隆太氏撮影)

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