星 の て が み

【 平 和 と 寛 容 】

山本 耕一

 
「テルマエ・ロマエ」というマンガをご存知ですか。
直訳すると『ローマの風呂』という意味。
イタリア人の夫を持つ漫画家のヤマザキマリさんが執筆し、
現在3巻まで単行本が出ています(エンターブレイン刊)。

「テルマエ・ロマエ」の舞台は西暦130年代の古代ローマ帝国。
いわゆる五賢帝時代の最後にあたる時期で、皇帝ハドリアヌスの平和な統治のもと、
広大な版図を誇るローマ帝国はその文化も爛熟のきわみに達していました。

大衆浴場の建築技師である主人公・ルシウスは、あるきっかけで、
なんと現代の日本の銭湯にタイムスリップ! 
時間と空間を行き来できる能力を得た主人公は、
日本の浴場で得たヒントやアイディアを古代ローマに持ち込み、
大衆に「入浴のよろこび」を与えていくノノ 

誰でも大笑いで楽しめるギャグマンガですが、荒唐無稽な設定とは裏腹に、
描かれる古代ローマの建築や風俗など、時代考証が正確なのも特徴。

朝日新聞社主催の手塚治虫文化賞、全国書店員が選ぶマンガ大賞も受賞しています。
来年2012年には映画化も予定されているそうなので、皆さんの目に触れる機会も増えそうです。

さてなぜ、唐突にマンガの話なんか始めたのかと言いますと。
震災と原発事故の後、インターネット上には断絶と不和があふれかえりました。
さまざまな場所で、さまざまな立場の人々がそれぞれに「安全だ」「危険だ」「安心だ」「心配だ」
「支持する」「支持しない」「お前の言うことは間違っている」「そちらの言い分こそ間違いだ」と
口角泡を飛ばさんばかりに論争を展開し、ほとんどが泥仕合。

それらをじっと見つめ続けた私はすっかり疲れ果ててしまったのですが、そんなときふと頭に浮かんだのが、
帝政ローマの礎(いしずえ)を築いたカエサルの言葉です。
「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」
(塩野七生「ローマ人の物語」新潮文庫版・第14巻12ページ)

そうです、人は見たいものしか見ようとしない、それは古代からの真理なのです。
しかし、ローマ帝国はカエサルのあと、数世紀にもわたってその繁栄と平和を維持することができました。
断絶と不和のあふれるわれわれの社会とは違って。
そこに『寛容』というキーワードが登場します。

最初に紹介したマンガ「テルマエ・ロマエ」を読んでいますと、
当時のローマ帝国には『寛容』があふれていたことがわかります。
まず、古代ローマは(西暦313年にキリスト教を公認するまでは)八百万(やおよろず)の神々を許容し、
尊重する多神教でした。また蛮族と呼ばれた異民族とも交流し、
それら蛮族の民も帝国で数十年の兵役を勤め上げれば、寛容にもローマの市民権が与えられたのです。
辺境の都市にも惜しげなく中央の建築技師、建築技術が分け与えられ、
帝国のすみずみまで道路や水道のインフラが整っていた。
だからこその平和、繁栄だったのです。

先の大戦から60余年。われわれは戦火による生命の危険を忘れるとともに、
しだいに寛容を失い、ギスギスした住みにくい世の中をわざわざ作り上げていないでしょうか。
「テルマエ・ロマエ」に描かれる、のんびりとした平和にあふれる古代ローマの社会を
のぞき見るたびに私は、平和のためには『寛容』こそが重要なのでは、との思いを新たにするのです。

  
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プロフィール

1967年 北九州市生まれ。 
日本大学文理学部(万葉集専攻)卒業後、 
1989年テレビ長崎入社。 
アナウンサーとして「めざましテレビ」リポーター、
番組制作などに従事。 
また報道記者として原爆取材や、元長崎市長の

故・伊藤一長氏の番記者なども担当。 

2003年 退社し福岡に転居、フリーアナウンサーに。 
2008年 気象予報士資格取得。  

現在はKBC(九州朝日放送)

「ニュースピア」気象キャスター、 
KBCラジオ「徳永玲子の週刊土曜日」

パーソナリティのほか、 
イベント司会、ナレーターなどをつとめる。

毎年8月9日、福岡のコミュニティFMを通じて 
原爆詩や被爆体験談の朗読を行う

「8・9ながさきアナウンサーズ」メンバー。

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