星 の て が み

千年に一度ということ ー東日本大震災に思うー

蔵元 英一

 
私は宮城県仙台市出身です。
3月11日に起きた東日本大震災で亡くなられた多くの方々の
ご冥福をお祈りいたします。また、避難生活をされておられる
多くの方々のご苦労を思い胸が痛みます。

5月の連休に行ってきました。レンタカーを借りて海岸付近まで行きましたが、
見渡す限りの瓦礫の山を目の前にして本当に呆然となりました。

家、車、大型トラック(仙台港周辺)、ソニーの工場などすべてが
破壊しつくされていました。もちろん電気は来ていなくて信号は消えています。
かろうじて道が通っていて車で入れましたが、誰もいませんでした。
時折、瓦礫の片付けのトラックが行き来するだけです。

弟の話では地震の日、多くの人たちは津波のことをあまり考えていなくて
実際に津波が来てから車で逃げた人が多かったそうです。
かろうじて逃げ切れた人たちは幸いでしたが、津波に飲まれてしまった人たちは
本当に気の毒でした。私は高校まで18年間仙台市に住んでいましたが、
仙台市がこのような巨大津波に襲われる町であるとは想像だにしたことはありませんでした。
M9.0という巨大地震、高さ15mの大津波、もちろん今生きている我々日本人の初めての体験です。
M9.0以上の地震は記録されている4つの巨大地震の一つとか(チリ、アラスカ、スマトラ、そして東日本)。
東北大の掘削調査では仙台平野は平安時代に同程度の大津波に襲われていたそうです。

つまり千年に一度の巨大地震、大津波だったわけです。
このことがもっと早く一般に知れわたっていれば何かが違っていたのではないかと本当に悔やまれます。
とくに福島第一原発では、非常用電源を高いところに移していたはずで、
そうすればほとんど何も起こらなかったはずです。
大変な違いです。後悔先に立たず、といいますが、まさにその典型的な例を作ってしまいました。

実は私は現役の頃、原子力にも関係していましたので、今回の災害は二重の意味でショックであります。
現代人は忙しく今日、明日のことでいつも追われています。
人生80年、長くてその2倍くらいの期間のことしか頭に入らないのが常ではないでしょうか。
千年という長さのことなど思いもよらないのが普通です。
千年前に巨大地震、大津波が来たともし言われても、自分には関係ないと聞き流していたことでしょう。
ここが現代人の弱点です。

巨大災害をもたらすものは他にもあります。火山の噴火です。
大宰府の九州国立博物館には阿蘇が形成された9万年前の大爆発の様子が詳しく展示されています。
その規模は雲仙普賢岳の百万倍とか。流れ出した溶岩が固まって割れたのが高千穂峡であるとのこと、
なぜあんな垂直な地形が出来たのか以前から不思議に思っていたことが解決されました。
9万年前には少なくとも我々ホモサピエンスは九州にはいなかったのは幸いでした。
ただ、46億年の地球の歴史からみれば9万年くらいの違いはあってないに等しい時間です。
火山の大噴火は過去のことではなく現在進行形の事象と考えるべきです。

さらに上もあります。隕石衝突です。
6500万年前に恐竜が絶滅した直径10kmの巨大隕石の衝突は
1億年に2回くらいの頻度であってよい現象とか聞きました。
次がいつ起きてもおかしくないのです。

我々現代人はこの悠久という時間の流れを考えることが出来なくなっていますが、
実際はその長い時の流れの一コマをみんなで先に進めているわけです。
このたびの震災を機にもう一度、普段考えていなかったことを思い起こしたいと思います。
震災後日本人の人生観が少し変化してきたという報道もあります。
「きずな」という言葉が又、復活してきました。「幸福度」という新しい言葉も出てきました。
どちらもよいと思います。
前向きに進むことによってこれまでの停滞感を吹き飛ばしていきたいと思う今日この頃であります。

  
 

プロフィール

平成17年3月九州大学退職 
現在九州大学キャリア支援センター勤務(非常勤)