星 の て が み

椿

浜崎 裕子

 
第2よりあいの隣の後藤さんが、
母へのお見舞いに椿の花をくださった
後藤さんの家の庭で一番はじめに咲く椿だという
一枝に2つの開花と1つの蕾
「若いころの藤田さんはこんな色の花が似合う人だったと思ってー」
…うれしいお見舞い翌日、ベッドの傍で、2輪の花が、
昨日より大きく精一杯に花びらを広げた
一生懸命咲きほこっているように見えた…
母を元気づけるために母は、食事を口にしなくなっても、生き延び、
したたかに、穏やかに息をしていた時折、目をあけてみせる唇の色もいい
その口元はかすかに微笑んでいるようにも見える
次の日から、花が散り始めた椿の花は一輪まるごとポトリと落ちると聞く
しかし、母の横に咲いた椿は、花びらを一枚、一枚、落としていく
それはまるで、母がゆっくりと自分のペースで終末のときを刻んでいるように
一つの花の花びらがすべて落ちてから、次の花の花びらが落ち始めた
少しでも長く、少しでも時間をかけて、すべての花びらを落とすために
一度に2枚は落ちない。
驚くほどの生命力をみせる母は、やせ細り、小さくなっても、
その顔つきはおだやかで美しい
もう力まない何かが抜け出て楽になったような表情で、
ただ眠っている何の医療処置も望まないその人の身体は、
自分が決めた脱水状態のなかで朦朧とした快感を味わっているようにも見える
夢心地のように人生の終わりの22年間、
認知症とつき合ってきた母最後の10年間は
皮膚炎や泌尿器の病気も抱えてきたあなた
おつかれさま
あなたの命の閉じ方に敬意を表して

2011年2月27日  第2よりあいの母の部屋にて

母の育て方 

地域福祉を担当している大学教員「なぜ、建築士が福祉の先生に?」
私に、よくある質問22年前、母がアルツハイマー病の診断を受けた当時、
その名詞; Alzheimerすら知らなかった父を癌で送って直後、
言動のおかしい母が診察を受け病気と言われても、娘の私は何をすればいいの?
癌は分かりやすい、医師へ頼ればいい
痴呆は日々の生活のなかで、家族としての対応が大きな影響力をもつ家族は戸惑い、不安になる
あれから手探りで、そのとき、その状況のなかでできることを行ってきた
認知症介護家族としての自分の個人的経験だけに終わらせたくない
認知症の人が普通に暮らしていける社会をつくりたい
そんな思いのなかで、多くの人と出会い、学び、ともに活動し、歩んできたその歩みの中で、
自分の専門領域も幅を拡げ、職業としての方向転換もあった

まちづくりや建築を福祉に融合させることにより、
また、福祉の理念をまち育てや環境デザインに反映させることにより
きっかけは介護であったとはいえ、自分自身も楽しんできたのかもしれない
こんなことを味わわせてくれたのも母の認知症のおかげ

最初のころ、認知症を受け入れることへの葛藤は、母にも私にもあった
しかし、たくさんの、とても多くの温かい人々に支えられて
認知症のいろいろな段階を経て、22年が過ぎ
今、一人のかけがいのない人としての命を閉じようとしている母
この20数年、母とともに歩むことによって、私は育てられた
それまでのしつけよりも、もっともっと力を込めて私を育てた母最後の1年近くは、
言葉を失っていたけれど、だからこそ思いは深く心のうちを見つめよと教えてくれた

そして今、看取りという時期を迎え医療に頼らぬ自然の死を受け入れようとしている

ずっと一緒に過ごす看取りの日々は一瞬、一瞬が緊張のとき母の顔の表情を見つめ、
呼吸の音に耳を澄まし頭の中でいろいろな思い出や感情を巡らせる
ありがとう全身全霊を使って育ててくれた母へ

2011年3月4日


風花 

ひなまつりの翌朝思いがけず、小雪、
「風花」青い空を背景に窓の右手にしだれ梅窓の左手に桜の蕾蕾は日に日に大きくなっていく
「もうすぐ命を閉じるでしょう」と言われてから12日目
何も食べず、何も飲まず、薬も点滴も酸素もお断りして自分の力で生きている命の限りに、
生き物として、人としてのエネルギーを絞り出し、
しかし、それは決して力むことなく、無理せず、自分のペースで
ただ、それがあまりにも人並み外れて長く続くために
まわりの人間に多くの驚きと感動と勇気を与えている
娘である私は、この母は永遠に死なないのではないかと思ってしまう
添い寝をして12日間
こんなに長く母子の時間を過ごしてこなかった、
ここ何十年今の時間を愛おしく、
ただただ、かぼそい息の音に安らぐ生きていて

もう、いいよあなたらしくあなたのままに

3月4日

  

プロフィール

一級建築士    
工学博士 大阪大学工学部建築工学科卒業
Graduate school of Architecture &
Environmental Design University
of Texas at Arlington 
テキサス大学大学院修了千葉大学
大学院自然科学研究科修了 
Y.TEC一級建築士事務所代表 
(Yuko hamasaki Town planning
Environmental Communication)
久留米大学文学部社会福祉学科 教授
(担当科目:地域福祉論他)
<専門>住民参画の福祉でまち育て
認知症高齢者の環境デザイン地域住民や
福祉専門職とともに認知症ケアの現場に
関わりながら、 当事者の思いやケア(ソフト)
を空間(ハード)に活かす方法に関して
建築計画およびまちづくりの視点から研究

<主な訳書・著書>
ユリエル・コーエン/ジェラルド・ワイズマン著、
浜崎裕子訳『老人性痴呆症のための環境デザイン』
:彰国社 1995
エリザベス・ブローリイ著、浜崎裕子訳
『痴呆性高齢者のためのインテリアデザイン』
:彰国社 2002
浜崎裕子著『コミュニティケアの開拓』
:雲母書房、2008
共著 『認知症ケア環境事典』
:ワールドプランニング 2009
共著 『地域福祉の今を学ぶ?理論・実践・スキル』
:ミネルヴァ書房 2010