星 の て が み

統計的推論について

加藤 友彦

 
複雑な事象について何かを分かろうとするときに統計的な手法が
よく使われます。最も簡単な系を対象とする物理学においても、
粒子数が多い時には運動法則だけでは手に負えず、統計力学というものを使って結果を求めます。
統計力学は現象の平均的性質を引き出す手法ですが、熱平衡状態の系については
法則として確立しています。しかし、一般の様々な要因が絡む複雑な問題になると
統計的推論の真偽を見極めることは容易ではありません。

始めに、“サラリーマンの年収と血圧に相関がある”つまり血圧の高い人ほど
収入が高いという調査について考えてみましょう。このこと自体は事実ですが,
血圧と年収に直接関係があるのでしょうか。
実はこの陰に年齢と言う因子が隠されています。
平均的に年齢の高い人ほど収入が高く、また血圧も高いということで,
年齢を表に出さずに整理すると上のようなことになる訳です。
この場合の年齢は潜伏変数と呼ばれます。
この問題のように比較的簡単にそれが分かれば良いのですが、
一般には簡単ではありません。

1ヶ月程前にYAHOOにこんなニュースが載っていました。「鬱病の新薬が鬱病を増やした」という内容で、
この数年の鬱病患者の増加と新薬の売り上げの棒グラフを重ねた図が添えてありました。
同じような急成長でまさしく文句のない証拠ということでしょうが、果たしてそうでしょうか。
鬱病が増加する社会的原因が他にあって、その結果、評判の良い新薬が使われたという可能性もあるのではないでしょうか。
少なくとも、相関があるからといって、ただちに因果関係があると速断してはいけないということです。

最後に世紀の大問題である地球温暖化について考えてみましょう。
温暖化の原因は人為的に急激に増大した温室効果ガス(炭酸ガスなど)にあるとするのが今日の主流の考え方で
(気候変動に関する政府間パネル;IPCC)国際政治もこれに基づいて動いています。

しかし、色々な理由でこれに疑問を持つ科学者もいます。
一つあげれば、海洋に含まれる炭酸ガスが温度上昇の結果、
気中に放出されて炭酸ガス濃度が高くなるので因果関係が反対であるとの反論があります。
短期的なデータで見る限りこれは事実ですが、産業革命以前に較べて炭酸ガス濃度が急激に増加している事実の上に立って、
膨大な観測データやシミュレーションをもとにしてのIPCCの結論を、上記の観点だけから否定することはできないと思われます。

もちろん、温室効果ガスが原因であることも完全に実証された訳ではありません。
IPCCもこの説が正しい確率は ”90%を超える”という言い方をしています。
このように難しく、かつ避けて通れない問題を私たちはどう考えたら良いでしょうか。
色々な態度があるでしょうが、私はアメリカの理論物理学者である
F. DysonがPhysics Todayのコラムに書いた次の考えに共感しています。
『 地 球 温 暖 化 の よ う な 広 汎 か つ 長 年 月 の 現 象 に つ い て , 
科 学 的 に 正 し い と 認 め ら れ る 結 論 を 出 す こ と は 困 難 で あ る 。
し か し 、政 治 は 、現 時 点 の 情 報 の 中 で 、  未 来 の た め に 決 断 を し な け れ ば な ら な い 』

福岡工業大学
http://www.fit.ac.jp

  
 

プロフィール

1967年 名古屋大学工学部応用物理学専攻中退
同,教務員,助手を経て1977年 
福岡工業大学工学部助教授
1983年 同教授 今日に至る
専門:物性理論,主に金属磁性,
表面科学の研究に従事。