星 の て が み

福 岡 の 街 の 環 境

馬場崎 正博

 
1945年6月 福岡大空襲、焦土と化した街並み。 焼け野が原の街に、大陸からの引揚者であふれた。
その頃私は、福岡で生まれて、福岡で育った。それでも、那珂川の中州で泳ぎ、
海ではアジゴ、カレイなどが釣れ潮干狩りが楽しめた。

戦後の日本の発展はめざましかった。大都市への変貌。
高度成長に支えられ、モノはあふれ出した。
いつも飢えていた、あの頃の感覚は今はどこにもない。
ダムによる川の水量の減少、埋め立てによる道路、ビル、住宅、鉄道の整備。
人口の増加による水質悪化。自然がどんどん駆逐されていった。
まちは、財をなす空間として、機能中心に作られていった。
街は発展し、人・モノ・情報が飛び交い、自然は些少される。
グローバル化の進展の中で、いやでも世界の経済に組み込まれ、石油に依存した都市を造ってきた。
自然と共に生きてきた人間が、都会で生まれ大人になる。自然との係わりができなくなってきた。
私は、福岡で環境の仕事に携わった。埋立による街づくり事業の中で自然を生かした開発をめざして、
シーサイド百道人工海浜、公園・緑地を整備し、和白干潟を守るためエコパークゾーンを整備した。
芸術・文化・スポーツ・祭りとともに、都会の中にも、里山・干潟を残し、
桃太郎や浦島太郎など昔話がわかる、日本の文化が伝承できる自然があってほしい。

自然と係わることができる街であってほしいと思う地球温暖化が進む中、
石油の有限性が高まる中で、21世紀に向けて新しい都市構造が求められている。
華美を去り人工を加えぬ天地の姿茶の作法の基準のように質素と自然を大切にした、
真に日本の文化を生かしたきらりと光る都市。
うるおいと安らぎ、人とのつながり、家族の絆、支え合い、助け合える、ハートのある街づくりであってほしい。

  
 

プロフィール

1948年 福岡市生まれ 
1972~2008年 福岡市役所に環境の専門家として勤務 
在職中は福岡市保健環境研究所所長、
港湾局環境対策部部長を歴任 
現在 日本赤十字社福岡市地区本部に勤務 
環境コンサルタント 博士(工学) 
趣味 ジョギング・マジック