星 の て が み

「 栄 光 ホ ス ピ ス の 心

   下稲葉 康之[しもいなば やすゆき]
 

先日ある新聞記者の取材を受けた時に、「私の仕事で医者の役割は3割です」と応えたら、
紙面の見出しは大きく「終末医療 医3割、心7割」となっていた。
しかし、これは私のかねてからの持論であり、また経験則でもある。
ホスピスに従事して約25年。関わった患者さんは4000名を超えた。
ホスピスの現実は当初描いていたホスピス像にほぼ近いものではあったが、それ以上に「温かさ」があり感動があった。
それは、ホスピスケアの基盤は医者・患者間の関わりと言うよりはむしろ、心と心の絆であることを知ることになったからである。

ホスピスとは自分の死に対峙している末期がん患者とその家族を全人的に理解し全人的にケアする営みである。

全人的に理解する(Total Pain)とは、身体的・精神的・社会的・霊的な痛みを理解することである。
そして、ここで一番深刻な痛みは、からだと言うよりはむしろ心の痛みである。
 
それは、その人の存在・その人自身が激しく揺すぶられているからである。

深い孤独の奈落に落ち込み・自身を支えてきたものが剥ぎ取られ、そして迫り来る
未知の世界である死と死後に脅える・・。

ホスピスケアの究極的な目標は、この脅えおののく心をいかにケアできるかにあると思う。
敢えて言うと、ここに到達して始めてホスピスケアは完結する。
そしてこの心の苦痛・苦悩に応えうるのはスタッフの心である。

スタッフの心、それはホスピスの心(hospitium=温かいもてなし)でなければならない。
ホスピスの心は患者さんの脅える心の波動・振動にシンクロナイズ(同調)し、そこに双方を結ぶ絆が
生まれることになる。

このシンクロした絆こそが、ホスピスケアの基盤であると思う。そこで、このホスピスの心を涵養することが肝要となる。これは決して知識や技法で解決出来ることではない。

思うに、私たち人間は本質的に自己中心的である。他人を愛し他人に尽くすにはどうしても限界がある。
ましてや、心身共に疲弊し切っている患者さんに温かいもてなしの心で仕え尽くすことはもっと困難を伴う。

そのためには自らの冷たい心をどうにかして温めてもらう必要がある。ちょうど、光を放つどのような力もない月が
太陽の光を受けて夜空に燦然と輝くように、私たちも心を温めていただいて始めて、 温かいもてなしの心で
尽くすことが出来るのではないか? そこにしっかりとシンクロした絆によるケアが築かれることになるのではないか。
「ホスピスの心」を強調し過ぎることは慎むべきであるが、しかし昨今の傾向を鑑みるときに、
ホスピスに「温かさ」が欠落しつつあると危惧するのは私だけだろうか?

これからますます「ホスピスの心」を涵養し、心と心とがしっかりとシンクロした温かいケアをめざしたいと願う。
(NPO法人栄光ホスピスセンター機関誌『栄光ホスピトラ』第1巻第2号より)
  
 

プロフィール

1963年九州大学医学部卒業。

1967年医療法人古森病院に勤務しつつ、
福岡市東区にて開拓伝道に従事し、
同年香住丘キリスト福音教会を創設し伝道者として奉仕。

1980年福岡県糟屋郡志免町・亀山病院
(現:特別医療法人栄光会栄光病院)勤務となり、
末期医療(ホスピス)を担当。
以後、ホスピス緩和ケアに従事し、

同院、副院長・ホスピス長を経て、
現在、特別医療法人栄光会理事長、

栄光病院院長・ホスピス主監を務める。

【著書】
「いのちの質を求めて」(いのちのことば社)
「癒し癒されて」(フォレストブックス)