星 の て が み

旅立ちの記憶

中崎  宣宏[なかざき のぶひろ]
 

「上空から見るマーシャル諸島。1万年前。海上にいくつもの小さい島がちりばめられ、白い珊瑚礁から翡翠色、深く濃いマリンブルーへと変化していく色鮮やかなガラスモザイク模様が、ゆるやかに丸く彎曲する海面に描き出されている。

小さく白い雲がぽっかり浮いている島がある。その島のひとつに近づいてみると、浜に突き出すようにして広がる青い木々の下で、今、花を一面に散らすような祝祭が行われようとしている。真新しく舟を整えた男たちの、遠く航海に出ることを祝う祭りのようである。

乾いた丸太が打ち鳴らされ、瓢箪を浜に叩きつけるような拍子に合わせながら女たちが歌い踊る。村人たちのかけ声に合わせるようにして、男達は少しづつ舟を海へと押しやる。へさきから船尾まで舟には見事な色調の絵が描かれている。安全を神に祈る文様。赤や黄色の色とりどりの花が結びつけらている。彼らの行き先は、まだ見たことのない島。そこに本当に島があるということすらわからない。見た者がないのに昔から信じられている。渡りきれずに途中で帰ってきた者もあるが、何年かに一度その年をむかえると彼らは遠く旅立つ準備をする。彼等の意志をはるかに超えて、なぜ行くのかと問われても、それに答えられるものは誰もいない。

人はなぜ散って行くのだろう。大きな島に留まるのがほとんどの中で、なぜ未知なる島を求めて散って行くのだろう。ほとんどの者が海の藻くずと消えて行く中で、たまたま運良く未知なる島に流れ着いた者が航海を物語る。人類の歴史とはこの未知なる旅の連続である。

なぜ散って行くのか。そのことがつねに頭にある。今年の四月に京都の淡交社出版より
『旅とデザイン』という本を出版させていただいた。これは僕の「作品集」のような形をとっているが、自分では「作品集」ではなくて「メッセージ集」だとこだわっている。タイトルにある『旅とデザイン』の「デザイン」を、仕事の到達点と物語の結末ととらえ、しかし本当はそれに至る思考の連続や物語のプロセスの方が大切であると言いたくて、これを「旅」として赤の書き込みをたくさん加えた。だからこの本は「デザイン」に至るまでの僕のメッセージ集であり、「旅」の記憶である。「海図」でもある。航海に「海図」は不可欠だ。しかし初期の航海はまず第一に「海図」そのものを作ることであっただろう。「海図」などないその昔は、きっと伝え聞く先人の旅の不思議な伝聞の全てが、未知なる領域を旅する者にとっての唯一の導きであり心得であっただろう。大平洋のマーシャル諸島に、細い竹のような棒を何本か組み合わせつないで編んだ「海図」が伝わっている。竹の交差する点に白い貝がいくつか取り付けられて、この貝のそれぞれが点在する諸島の各島を表しており、竹の棒はそれをつなぐ海流や風の流れを表している。島から島に航海するためには、「ここからこの潮に乗り、海流はこちらに大きく流れているので、耳を澄ますことを怠るな。」

「ここから先、風はこちらに流れているので、それに乗って3日航海すると右手に島影が見えて来るはず。」というように指差しながら体験を語る絵のような役割をしたものである。
造形的にも美しい形をしているが、しかし実際にこの海図を携帯し航海に臨んだのではないようだ。島伝いのためのトレーニングの教材であったらしい。少なくとも見るだけで解読できる現在の地図のようなものではなかった。海流や風といったものは身体全体で感じるもの。航海の体験すべてを連続する体感の物語として伝える。伝え聞く者は、それらの体感を耳や肌や身体全体をもって体得し、身体に覚えさせようとする。
記憶すべきはもちろん文字情報ではなく、体験者の声であり、生の語りである。舟の揺れであり、星の姿であり、頬を撫でる風であり、背で感じる舟底を行く潮の流れそのものであり、それら一連の旅の物語といったイメージである。島と島との島渡りを体験した者が、それを次世代に伝えるべく航海の物語を後輩に語る。マーシャル諸島の「海図」は、その語りを想起するための下絵なのだろう。

僕の「旅とデザイン」は、そのような「海図」でありたいと思っている。四月に出版されたこともあり、この春、新天地に旅立つ全ての若者に捧げる書とした。



  
 

プロフィール

1952年生まれ、 空間構想デザイナー、絵師。


1977年 サントリー(株)入社、デザイン室勤務。
主に製品の「ラベル、ボトルのデザイン」から、

ワイナリー、スポーツイベントノベルティーの
「トータルデザイン」まで広く関わる。
1989年 サントリー(株)を退社し、家族と共に渡米。
「カリフォルニア・アカデミー・オブ・サイエンス」

(サンフランシスコの自然科学博物館)にて
「展示デザイン」など。

1991年 帰国後、公共的なミュージアムプロジェクトに

ロゴ制作や企画で参加。
またこの間、中央アジア・シルクロード、ヒマラヤ、

アフリカのキリマンジェロ山、サハラなど
世界36か国を旅する。

2004年 NPO放送局「京都三条ラジオカフェ」の

番組パーソナリティー。
亀岡市制50年『The〈座〉Kameoka』の舞台監督。
2007年 京都伝統産業青年会『青蓮院 門跡』展の

展示デザイン監修。
2008年『堂島薬師堂お水汲み祭り』総合デザイナー。

著書
『旅とデザイン ウイスキーから人、空間構想へ。』淡交社