星 の て が み

『TSUNAMI ーつなみー』には書けなかった沖縄

  志賀 泉[しが いずみ]
 

ジュゴンは津波を呼ぶ生き物 ー 。
タイトルの「TSUNAMI」は、そんな沖縄の伝説に基づいている。
…漁師がジュゴンを捕らえ、食べるのは明日にしようと家の軒先に吊しておいたところ、
その夜、ジュゴンは人の言葉で歌をうたった。 
「海の神様、早く津波を起こして私を取り返しに来てください」 
その歌声を聞いた通りすがりの人が慌てて山に逃げ込むと、たちまち大きな津波が押し寄せ、村をひと呑みにしてしまったという。

…ジュゴンを人にたとえるなら、お人好しのデクノボーといったところだろうか。
イルカのような知恵もない。セイウチのような牙もない。アザラシのような身軽さもない。しかし、ジュゴンは戦略的に「弱さ」を選んできたと言えないだろうか。
あえて弱くあり続けることで、生存競争の隙間でのほほんと暮らしてきたとー。

…弱さは、弱さ故に、強みにも成り得る。

…ジュゴンが本来、弱い生き物だからこそ、津波という圧倒的な力を秘めていると、
昔の沖縄人は想像したのかもしれない。 

その感性に、僕は敬服する。2003年から4年にかけて、僕は計5回、沖縄を訪ねている。
初回を除き他の4回はすべてジュゴンの保護活動のためだ。沖縄のジュゴンは絶滅の危機にある。ジュゴンは偏食家だ。浅瀬に生える海藻しか食べない。その餌場がある海域ー名護市の東海岸、辺野古近海 ーに、米軍の基地を建設しようという計画がある(普天間基地の移転)。その建設を阻止しようという運動に、僕も関わっていた。辺野古漁港にテントを張って、市民活動家や地元住民が座り込みの阻止行動をしている中に、僕も参加した。
(沖縄在住の作家、目取間俊もその中にいた)
防衛施設局の職員は毎日やってきては、反対派住民と直談判をし、追い返されていた。
いよいよ機動隊出動という緊迫した日には、逮捕覚悟で米軍基地のゲート前でピケを張った。(結局、機動隊は出動しなかったけれど)

通称「ジュゴンの見える丘」で、大学生を中心としたグループと共にジュゴンの観測を試みた。ジュゴンは実見できなかったものの、一日中海を眺めていて飽きない、という得難い経験をした。

…ジュゴンを見た、見ないではない。どこかにジュゴンがいると信じられれば、海は豊かに見える。豊かな海は、人の心も豊かにするものだ。

…そうした運動を通じて、僕はさまざまな沖縄人と触れ合っていった。
そこで経験したこと、見聞きしたことが、『TSUNAMI』の随所に散りばめられている。実を言えば、初稿段階では直接的に基地反対運動に触れる場面があった。(橘倫子は活動家の中心メンバーという設定だった)けれど、作品の中に「基地」と一語書いただけで、その言葉の重みによって作品の重心がずれてしまう。バランスが崩れてしまうという問題が生じて、削除せざるを得なかった。それでも、読む人が読めば、作品の裏に基地問題が
横たわっているのが読み取れるはずだ。

そもそも、前半の舞台である名護市の東海岸は、米軍基地と市民生活が隣接している地域なのだから。目の前の海で、陸海両用の装甲車が黒煙を吐いて演習している。遠浅の海を探せば、演習中に米軍が落とした実弾(火薬入り!)は難なく見つけられる。街の裏山で米軍が実弾を処理する時の爆発音は、本当に、戦争が起きたのかと思うほど物凄く、心臓が縮んだ。

…戦争は過去の歴史ではなく、遠い国のニュースでもなく、いまここで起きている現実だ。辺野古にいると、そう実感させられる。…辺野古に基地を建設すれば、ジュゴン絶滅の危険性は高まる。いや、絶滅してしまうかもしれない。国防のため、と政府は言う。
しかし ー国防のためならジュゴンを犠牲にしてもよい。そういう精神は、沖縄戦で一般住民を犠牲にしていった精神と同質ではないのか。国防には僕も賛成だ。国は守らなくてはならない。けれど、…国とは国土のことではないのか? 人のことではないのか?
それらを 踏みにじってでも守らなくてはならない「国」とはいったい何なのか?

…「ジュゴンが津波を起こして基地を押し流せばいい」こういう言葉を、僕は辺野古で何度か聞いた。小説の新人賞を受賞してから、僕は活動から離れていった。政治と文学は別物だ。政治小説は下手をすると、政治と文学の両方を裏切ってしまう怖れがある。
しかしいまも、共に活動していた市民団体(ジュゴン保護キャンペーンセンター)の会員であることに変わりはない。ではなぜ、こういうメッセージをいまここに書いているのか?

『TSUNAMI』は、基地問題にも環境問題にも一行も触れていない。しかしこの小説は、その両方から生まれたものだと、どこかに書いておかなければ自分に嘘をつくと思っていた。僕がどうしてジュゴン保護運動に関わったのか、それはそれで、本が一冊書けるほどの長い長い話だ。

お堅い話で申し訳ありません。 
  
   photo:大湾 朝太郎
 

プロフィール

1960年 福島県南相馬市(旧小高町)生まれ 

1982年 二松学舎大学文学部卒業
(卒論は川端康成の「魔界文学論」) 
1982年~1985年 フリーターをしながら小説修行 
1985年 書店員となり地道な生活 
1995年 地下鉄サリン事件当日。
      胃癌の手術を受ける(以後完治)      
      小説を自費出版 『スプーン』(新風舎) 
2002年 書店を退職。     

独りで出版社を作り、日本を旅しながら      
フリーペーパーを発行する 

2003年 『指の音楽』(筑摩書房)で太宰治賞受賞 
2007年 『TSUNAMI ーつなみー』(筑摩書房)発行